菌は単独ではなく集団として存在していますが、その仕組みにはまだ多くの謎が残されています。
研究が進み、菌集団の性質や相互作用が明らかになれば、感染症治療や腸内環境の改善、作物収量の向上といった応用が期待されます。

菌集団を医療・農業・エネルギーに活用

特定の菌の狙い撃ちで菌集団の性質を変える

菌は単独ではなく集団として存在していますが、その仕組みにはまだ多くの謎が残されています。研究が進み、菌集団の性質や相互作用が明らかになれば、感染症治療や腸内環境の改善、作物収量の向上といった応用が期待されます。

菌集団を医療・農業・エネルギーに活用

特定の菌の狙い撃ちで菌集団の性質を変える

研究によって実現したい未来

菌は集団の中で自分の役割を果たしている

私たちの体や環境の中には、数え切れないほど多くの菌が暮らしています。菌は単独で生きているのではなく、集団として存在し、お互いに影響を与え合いながらバランスを保っています。その姿は草むら(叢)にたとえられ、細菌叢と呼ばれています。

たとえば腸の中には数百種類以上の菌が共生しています。腸内細菌叢のバランスは私たちの健康に深く関わっていて、バランスが崩れると大腸炎やアレルギー、感染症などが起こりやすくなります。また、特定の菌が減ってしまうと、普段はおとなしい菌が増えて体調を崩すこともあります。

同じことは土の中でも見られます。畑の土に住む細菌叢は、作物の生育を大きく左右します。土の菌のバランスが良ければ作物は元気に育ちますが、崩れると病気が広がったり、収穫量が減ったりします。

特定の菌を取り除いて、その役割を知る

現在では、分子生物学的手法の発展によって、細菌叢の役割や機能について多くのことがわかってきました。ただし、細菌叢の中で特定の菌が果たしている役割を一つずつ明らかにすることはまだ難しく、研究は進行中です。もし近い将来、細菌叢の中から「特定の菌だけを狙って取り除く」ことが可能になれば、細菌の研究や活用方法は大きく広がるでしょう。

たとえば、ある菌を取り除いて変化を観察すれば、その菌が細菌叢で担っていた役割がわかります。さらに菌自体の働きだけでなく、他の菌にどのような影響を与えていたのかといった菌同士の関係性も解き明かすことができます。こうした研究が進めば、有益な菌の力をさらに引き出したり、これまで知られていなかった菌の性質を明らかにしたりできる可能性が広がります。

また、これまで感染症の治療には抗菌薬が用いられてきましたが、抗菌薬は体にとって有益な菌も一緒に減らしてしまいます。そのため腸内のバランスが崩れてしまったり、抗菌薬の効かない「耐性菌」が増えて問題になることもあります。しかし、特定の菌を狙い撃ちする技術が実現すれば、必要な菌は残したまま悪い菌だけを減らすことができ、耐性菌のリスクを抑えつつ治療することが可能になります。

こうした技術が発展すれば、未来には次のようなことが可能になるかもしれません。

  1. 腸内細菌のバランスを個人に合わせて最適化し、毎日の健康増進に役立てる。
  2. 抗菌薬を使わず、細菌感染症を治療できる。
  3. 作物にとって最適な土壌を作ることで、収穫の安定や、新たな機能を持つ作物の創出が可能になる。
  4. 食品を熱で殺菌せずに保存でき、おいしさや食感を保ちながら安全に食べられる。
  5. 下水やゴミから細菌が産生できるメタンガスの量を増やし、エネルギーとして活用する。

このように、医療、農業、食品といった身近な分野に役立つだけでなく、環境やエネルギー利用にもつながる可能性を秘めた、大きな技術革新になるでしょう。菌とのつきあい方も今とはまったく違うものになっているかもしれません。

未来につながる現在の技術

特定の細菌を狙って殺す技術はどのように開発できるのでしょうか。実は自然界には、すでにその役割を果たしている存在があります。バクテリオファージと呼ばれるウイルスです。代表的なものは、頭のような部位(頭部)とそれ以外の部位(尾部)に分かれ、尾部の先には脚のような突起(尾部繊維)を持つ独特な形をしています。頭部には自分の遺伝情報が収められており、尾部繊維を使って細菌の表面に取り付きます。

細菌に取り付いたファージは、遺伝情報を細菌内に注入し、細菌がもつタンパク質合成装置を利用して自分のコピーを大量に作り出します。そして最終的には宿主である細菌を破壊し、外へ出ていきます。

このバクテリオファージを人工的に合成・改変することができれば、特定の菌にだけ感染させて排除することが可能になります。すでに研究室レベルでは成果が報告されており、菌集団の中から狙った菌を選択的に取り除く実験が進められています。また、抗生物質の代わりにバクテリオファージを用いる「ファージ療法」も研究されています。

ただし、現時点で標的にできる菌は限られているため、より多くの種類に対応できるよう研究が続けられています。また、人工的に改変された遺伝子が環境中に拡散すると、他の微生物に予期しない性質が広がってしまう懸念があります。そのため、環境中に出ないよう封じ込める技術の開発も同時に進められています。

細菌叢を狙い撃ちする技術を医療や農業などに幅広く応用するためには、人工ファージを用いずに、より安全で制御しやすい仕組みで特定の菌を減らせる新しい方法の登場が期待されます。