
糖はつなぎ方や組み合わせで形も働きもガラリと変わります。もし思い通りにデザインできるようになれば、新しい素材や薬、食品が生まれ、環境や健康、食糧問題まで解決できるかもしれません。
糖鎖合成が拓く、無限の可能性
糖を自在にデザインし、未知の機能性素材をつくる

糖はつなぎ方や組み合わせで形も働きもガラリと変わります。もし思い通りにデザインできるようになれば、新しい素材や薬、食品が生まれ、環境や健康、食糧問題まで解決できるかもしれません。
糖鎖合成が拓く、無限の可能性
糖を自在にデザインし、未知の機能性素材をつくる
研究によって実現したい未来
実は糖のほとんどは甘くない――多様で多彩な糖の世界
「糖」と聞くと、まず砂糖を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、科学の世界でいう「糖」は、もっと幅広く奥深い存在です。
糖は、炭素・水素・酸素を主な構成原子とする小さな分子の総称で、基本単位を「単糖」と呼びます。単糖が二つつながると「二糖」、いくつか連なると「オリゴ糖」、さらに長くつながるとデンプンのような「多糖」になります。単糖の代表的な例はブドウ糖(グルコース)や果糖(フルクトース)で、ブドウ糖と果糖が結合した二糖が砂糖(スクロース)です。
これらは甘い糖ですが、実は自然界には、さまざまな「甘くない糖」が存在しています。木を形づくるセルロース、甲殻類の殻に含まれるキチン、海藻に豊富なアルギン酸や寒天の主成分であるアガロースも糖の仲間です。糖はまさにレゴブロックのように、種類・つなぎ方・長さの違いによって無数の組み合わせを持ち、物質の性質を大きく変えることができるのです。

糖の合成技術は未踏のフロンティア
ところが、現在の科学では糖を自由自在に合成することはできません。アミノ酸からできるタンパク質や、ヌクレオチドからできるDNA・RNAと比べ、糖の合成ははるかに複雑です。核酸やタンパク質の連結には分岐がありませんが、糖同士の結合は多くの分岐パターンがあり、その分岐を厳密に制御するのが非常に困難であるためです。人工的にDNAやタンパク質を作れるようになった現在でも、糖を自在に合成することはまだ実現できておらず、研究途上にあります。
もし、デザインした糖を自在に合成できるようになれば、これまでにない機能を持つ新しい素材を生み出すことができるでしょう。たとえば次のような未来が期待されます。
1.次世代バイオ素材の開発
軽くて強靱なセルロースナノファイバーのように、糖をベースにした新素材ができれば、生分解性をもち環境にも優しい素材となります。糖由来の素材がプラスチックの削減に寄与できれば、環境保護や石油使用量の減少にもつながるでしょう。
2.治療法や医薬品の革新
糖は細胞同士の認識や免疫反応に深く関わっています。生命現象における糖の役割が解明されれば、これまでわかっていなかった病気の新たな予防法や治療法が見つかる可能性があります。また、合成糖鎖を活用することで、新しいワクチンや創薬の道も拓けるでしょう。
3.食品・サプリ分野で健康とおいしさを両立
ヒトに消化されないオリゴ糖や食物繊維は腸内細菌のエサになり、健康に寄与します。将来的には、特定の腸内環境を整える「オーダーメイド食品」も実現するかもしれません。さらに糖鎖合成技術が進めば、甘味や食感のデザインにも応用できます。砂糖より低カロリーで後味のよい甘味料や、食感を調整できる多糖の開発が可能となり、体によくておいしい食品を作ることができるでしょう。
4.食糧問題の解決
ジャガイモや米のようにデンプンを蓄える植物の仕組みがわかれば、より多くのデンプンを蓄える植物をつくったり、本来はデンプンを蓄えない植物にその性質をもたせたりすることも可能になるかもしれません。そうすれば、将来の食糧問題の解決につながる可能性があります。
糖の可能性は、まさに無限です。糖鎖合成の研究が進むことで、新素材の開発から医療、環境まで、未来の社会を支える大きな技術基盤が築かれていくでしょう。
未来につながる現在の技術
では、糖の合成技術は現在どこまで進んでいるのでしょうか。糖を自在に合成するという段階はまだ遠く、そのために欠かせない「酵素」の研究が進められています。
自然界では、植物が光合成によって多くの糖をつくり出し、他の生物はそれを食物として摂取し、体内で複雑な糖の鎖を切ったり、つなぎ変えたりして活用しています。
そのカギを握るのが「酵素」です。酵素は、生体内で化学反応を進める触媒であり、糖の合成や分解にも欠かせません。酵素には非常に多くの種類があり、それぞれ「どの糖鎖を切るのか」「どの結合をつなげるのか」といった役割が厳密に決まっています。
たとえば唾液中に含まれる酵素「アミラーゼ」は、デンプンを構成するアミロースの鎖を切ることはできます。しかし、同じグルコースで構成されていながら結合の向きが違うセルロース(食物繊維の主成分)の鎖は切ることができません。そのため、私たちは腸内細菌を介すことなしには、セルロースを栄養として取り込むことができません。

糖を人工的に作り出そうとするとき、まず必要なのは、どの酵素がどの糖を作り出すのかを見つけることです。これまでの研究で、既知の酵素の働きが詳しく解明され、特定の糖鎖を切断する酵素も数多く発見されています。さらに近年では、自然界の酵素を改変することで、これまで作れなかった新しい糖を合成する研究も進んでいます。
糖鎖合成は技術としてはまだ発展途上で多くの課題が残されていますが、その分、可能性は大きく広がっています。タンパク質を合成する技術が革新的な医薬品を生みだしたように、糖鎖合成技術が実現すれば、未来に向けた大きな飛躍につながることでしょう。


