
生物は糖やアミノ酸の片方の鏡像異性体だけを主に利用しており、その偏りは生命の大きな謎とされています。鏡像異性体の網羅的分析技術が進めば未知の生命現象が見つかり、新しい医薬・農薬や素材開発にもつながるかもしれません。
生物から発見されたL-グルコースの謎
鏡像異性体から新たな機能を持つ物質が見つかる可能性

生物は糖やアミノ酸の片方の鏡像異性体だけを主に利用しており、その偏りは生命の大きな謎とされています。鏡像異性体の網羅的分析技術が進めば未知の生命現象が見つかり、新しい医薬・農薬や素材開発にもつながるかもしれません。
生物から発見されたL-グルコースの謎
鏡像異性体から新たな機能を持つ物質が見つかる可能性
研究によって実現したい未来
地球の生物は偏った型の糖やアミノ酸を利用している

糖は、空間における向きや形が決まった構造を持ち、構成原子やつながり方が同じでも、鏡に映したように左右が反転した「鏡像異性体」が存在します。生物がエネルギー源や細胞の材料として広く利用するグルコースにも、D-グルコースと L-グルコースの2種類の鏡像異性体があります。
グルコースを普通に化学合成すると D と L が半々に生じますが、生物が代謝で使うのはほぼ例外なく D-グルコースです。グルコースに限らず、多くの糖ではD、多くのアミノ酸ではL と、地球上の生物全体が片方の型だけをよく用いていることは、今でも生命科学の大きな謎になっています。
植物には昔からL-アラビノースや L-ラムノースといった L型の糖が存在することが知られていました。さらに最近の研究で、ある植物が L-グルコースを生成している可能性が示されました。 L-グルコースは、今まで知られている代謝経路では利用されず、生物にとって使うことができないはずの糖です。それにもかかわらず、なぜ植物がそれを作るのでしょうか。この発見によって、謎はさらに深まりました。
分析技術が発展すれば新たな世界が見えてくる
鏡像異性体を個別に分析する技術は整いつつあるものの、生体内の微量成分を網羅的に検出する技術は発展途上にあります。もしかすると、まだ見つかっていないだけで、生物はもっと多様な鏡像異性体を利用しているのかもしれません。たとえば昆虫のフェロモンでは、鏡像異性体によって誘引活性が大きく変化することが知られています。
今後、分析技術が進歩して生体分子の立体的な構造の違いをより精密に見分けられるようになれば、これまで注目されてこなかった生物種や器官から新たな鏡像異性体が見つかる可能性があります。その鏡像異性体の機能や、それが作り出される生合成経路などの研究が進めば、これまで知られていなかった代謝経路や生命現象が明らかになりそうです。また、今までは生命の作り出すグルコースはD型であるという前提で研究が進められてきましたが、例外が見つかれば、生命科学の根幹が大きく揺らぐことになります。
鏡像異性体の生命との関わりがさらに明らかになれば、これまでにない機能を持つ物質が新たに発見されるかもしれません。そのような分子は、医薬品や農薬、新素材の開発など、多様な応用につながると期待されています。
生物と鏡像異性体の研究から次のような未来が広がるかもしれません。
- 鏡像異性体を利用する生物や器官、新しい代謝経路や生合成酵素が発見され、生命の進化や生態の多様性や基本原理への理解が深まる。
- 鏡像異性体の特性を活かした新しい物質、医薬品・農薬分野では副作用が少なく高活性な新薬が、化学工業分野では新機能を有する素材や触媒が開発される。
- 高感度な分析技術の発展により、生体分子の立体構造の違いを高精度で識別できるようになる。
鏡像異性体と生命の関わりを解き明かす研究は、生命の起源に迫ると同時に、未来の医療・農業・産業を拓く新たな可能性を秘めています。
未来につながる現在の研究
天然物(自然界に存在する物質)を取り出して構造を明らかにし、様々な試験をもとに改変して新しい物質を創り出す研究は、長年にわたり発展してきました。生物のユニークな現象を見つけて、その鍵となる物質を探して研究する「天然物化学」だけでなく、天然物化学者から得た情報をもとに、天然物を改変したり、一から合成することで機能を解明しようとする「合成化学」、合成化学者の作った物質が生体内でどのように振る舞うかを調べる「生物学」、さらにそれぞれの段階で発見または合成された物質の性質や構造を詳細に分析して決定する「分析化学」のような多様な分野が融合することで、生命が生み出す分子の働きを精密に理解し、活用するための基盤が整いつつあります。

農芸化学の強みは、微生物から植物、動物、さらには環境中の分子まで、あらゆる生命体系を扱えることです。こうして解き明かされた生命現象は、医療、農業、工業など多様な分野に応用されていきます。

