においは、人や動物の行動に大きな影響を与えます。においの研究が進めば、環境や動物福祉に配慮した農業・畜産業の実現や、人の暮らしや健康をにおいのテクノロジーで向上させる未来が来るかもしれません。

今よりもっとにおいを活用できる社会に

におい分子のシグナルを解明し、生物の行動制御や健康増進に役立てる

においは、人や動物の行動に大きな影響を与えます。においの研究が進めば、環境や動物福祉に配慮した農業・畜産業の実現や、人の暮らしや健康をにおいのテクノロジーで向上させる未来が来るかもしれません。

今よりもっとにおいを活用できる社会に

におい分子のシグナルを解明し、生物の行動制御や健康増進に役立てる

研究によって実現したい未来

においが農業・畜産の現場で役立つ時代へ

においは動物の行動を制御することもできる重要な感覚です。陸上の動物は空気中に漂う何十万種ものにおい分子の中から、食べ物や敵や繁殖の機会などの生存に必要な情報を選び取り、それを行動につなげることで生き延びてきました。においと行動の関係が詳しく解明されれば、においを利用してヒトを含めた動物の行動を制御することが可能になります。

現在、畑の害虫が嫌うにおいを散布して忌避させたり、豚の繁殖にフェロモンを利用したりといった、においを活用した行動制御技術は実用化されています。動物の行動を制御するにおいは動物の種類ごとに異なるため、人間が利用するには種ごとに地道な研究が必要です。しかし今後、研究がさらに進んでさまざまな動物におけるにおいと行動の対応関係が解明されれば、より多くの農作物で農薬に頼らず虫を忌避したり、においを利用して野生動物による農作物被害を減らしたり、家畜にストレスを与えず行動を制御することも可能になるでしょう。

においが豊かな暮らしのための技術となる

ヒトが味・におい・風味をどのように知覚しているのか、その脳内メカニズムは、現在のところまだ部分的にしか解明されていません。しかし、磁気共鳴画像法(MRI)や脳波などヒトの脳活動を調べる技術の発展により、においがヒトの行動や感情にどのような影響を及ぼすのかが、少しずつ明らかになってきています。今後さらに研究が進み、においの意味や働きが理解されれば、その成果は、より豊かな暮らしを実現するためのテクノロジーとして活用される可能性があります。

たとえば、心地よさを感じる脳活動を引き出すことを目指して食品の風味の設計が行われ、より健康的な食行動を促すにおいを取り入れた食事の開発が進むことで、私たちの幸福感や健康の向上につながると考えられます。また、においによって気分を調整したり、より効果の高いアロマセラピーを実現したり、幸福感や親しい人との親密度を高めたりできるようにもなるでしょう。

さらに今後、センサー技術が進歩し、高感度化や小型化が進めば、ウェアラブル型センサーなどを装着して、においによる日常的な健康チェックを行うことも可能になるかもしれません。

また、複数のにおい分子が混じり合った「複合臭」についても、AIが、センサーから得られたにおいのパターンに加え、においに対するヒト脳活動のデータを学習することで、そのにおいをヒトがどのように感じるかを推定できるようになる可能性があります。こうした技術が実現すれば、目的の香りが与える印象をAIが予測し、より自然で臨場感のある香り表現を伴うVR・AR体験へとつながることも期待されます。

このような技術が進んだ未来には、次のようなことが可能になるかもしれません。

  1. 害虫・害獣が嫌うにおいを利用し、農薬や捕獲に頼らない、環境負荷の小さい農業が広がる
  2. 家畜の行動やストレスをにおいで把握し、動物に負担をかけずに飼育・繁殖・管理を行えるようになる
  3. ヒトの体調や心身の変化をにおいから検知し、ウェアラブル機器による日常的で非侵襲的な健康チェックが可能になる
  4. 食欲や満足感、気分に働きかけるにおいを活用し、より健康的で豊かな食体験や生活環境がデザインされる
  5. においを伴うVR・AR技術が発展し、臨場感のある体験やリハビリ・心理ケアへの応用が進む

においは動物として生存するために必須であるだけでなく、私たちの生活を豊かに彩る重要な要素でもあります。研究と技術開発が進んだ未来には、においを活用した新たな応用がさまざまな分野で広がり、より豊かで幸福な社会が実現しているでしょう。

未来につながる現在の研究

においに関わる分子は何十万種も存在し、しかもそれらが常に混合された状態で空気中を漂っています。そのため、どの分子がどのようなにおいとして知覚されているのかを切り分けて定量化・解析することは困難です。さらにそれを受け取る私たちの嗅覚の受容体も約400種類と非常に多く、分子と受容体の対応関係が複雑であることから、嗅覚は五感の中でも特に未解明な部分が多い感覚といえます。

しかし、その未解明さゆえに、嗅覚研究は大きな可能性を秘めた分野でもあります。空気中に漂う膨大な分子の中から必要なものを高感度に選択的に感知し、時に迅速に行動や情動反応へと影響を与える嗅覚は、生物が生み出した高度な分子認識システムです。この仕組みが解明されれば、応用の可能性が大きく広がるだけでなく、生物の行動や感覚に対する理解も深まります。

現在、ヒトに存在する約400種類のにおい受容体が、それぞれどのようなにおいを検知するのかに関するビッグデータがそろいつつあります。また、においを感知したときに脳にどの経路を通ってシグナルが処理されるのかについても、動物実験や脳の活動を画像化できる機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いたヒトの研究によって多くのことが明らかになりつつあります。においのシグナルは情動や記憶をつかさどる脳領域と密接に結びついており、においが強い感情や記憶を呼び起こすことの科学的背景が明らかになってきています。