
植物がどの部位でどのように環境からの影響を感知し、どの遺伝子が防御のカギを握っているのかを解き明かす研究が進んでいます。その知見を活用すれば、気候変動下でも安定して育つ作物の開発ができるかもしれません。
ストレス耐性と生産性の高い農作物で食料にまつわる諸問題を解決する
環境に合わせて農作物をデザインする

植物がどの部位でどのように環境からの影響を感知し、どの遺伝子が防御のカギを握っているのかを解き明かす研究が進んでいます。その知見を活用すれば、気候変動下でも安定して育つ作物の開発ができるかもしれません。
ストレス耐性と生産性の高い農作物で食料にまつわる諸問題を解決する
環境に合わせて農作物をデザインする
研究によって実現したい未来
多くの農作物はストレスに耐えるための遺伝子配列を失っている
植物は、自由に移動できる動物とは異なり、発芽や成長をする場所を選ぶことができません。そのため、芽を出した場所の環境に順応し生き延びられるよう、高温や低温、乾燥などの影響に耐える「環境へのストレス耐性」を獲得してきました。
しかし、私たちが現在食べている農作物の多くは、おいしさや実の大きさ、収穫量などを優先して品種改良されてきたため、ストレスに耐えるための遺伝子配列が失われて環境変化に耐える能力が低くなっています。一方、気候変動の進行により、高温や低温、乾燥や浸水、塩害などの植物が受ける環境ストレスは増加の一途を辿っています。農作物は強い環境ストレスにさらされ、生育が不安定になりやすくなっています。より厳しい環境で、安定的に生育できる農作物の開発が求められているのです。

このような状況を踏まえ、植物のストレス耐性に関連する遺伝子やその仕組みを明らかにする研究が注目を集めています。これらの解明は、厳しい環境に耐える作物の開発につながると期待されています。
ストレス応答の仕組みの解明が、新しい農業を作る
植物がストレスを受けたときにどの遺伝子がどのように働くのかという仕組みには、まだ明らかになっていないことが多く残されています。ただし、今後研究が進んでそのメカニズムが解明され、遺伝子改変技術もさらに発展していけば、メカニズムに基づいて任意の遺伝子配列を入れ替えることにより、農作物の栽培化や品種改良の間に失われたストレス耐性を取り戻したりできる可能性が広がります。また、このようなメカニズムを引き出すことができる栽培法や化学物質を開発できれば、遺伝子組み換えやゲノム編集を行わずに植物の能力を引き出して活用することも考えられます。
植物の形質(収量や品質)は、遺伝子の組み合わせだけでなく環境条件によっても規定されます。ドローンや画像解析を活用して得られる生育データや収量データなどが蓄積されれば、データサイエンスを活用して「遺伝子×環境」の最適解を導き出し、それをゲノム編集などの方法で植物に反映できるようになるかもしれません。AIの発展により、大量のデータに含まれる複雑な組み合わせから最適な計算モデルを構築することで、地域特性や気候条件、環境ストレスに適応した作物の設計の実現が期待されます。
こうした技術の進歩によって、未来には次のようなことが可能になることが考えられます。
- 気候変動に耐えられる農作物が作れるようになる。
- ストレス環境下でも収量を確保できる農作物が開発され、食料の安定生産につながる。
- その土地や気候にあった、オーダーメイドの農作物ができる。
- 少量の水や肥料で育つ農作物ができ、持続的な農業が可能になる。
- 病害にも強い作物が増え、農薬の使用量を減らせるようになる。
植物が環境変化にどう応答し、どの遺伝子が関わっているのかを明らかにし、その仕組みを活かせるようになれば、未来の農業は「環境に合わせて作物をデザインするもの」へと大きく進化していくでしょう。
未来につながる現在の研究
これまでは、植物の葉や根、あるいは植物全体を一つの試料として解析するのが一般的で、細胞ごとの違いまでは把握できませんでした。しかし近年、1細胞レベルで遺伝子発現を測定できる「シングルセル解析」技術が発達してきました。これにより、さまざまな種類の細胞がストレスに応じて、個体全体のストレス耐性にどのように寄与しているのかがわかるようになりました。ストレス耐性に関わる細胞の情報を、精密に調べられるようになったのです。
また、ゲノム解析技術の向上により、品種ごとの特徴の違いを遺伝子配列レベルで説明できるようになってきました。乾燥や高温に強い品種がどのような遺伝子配列を特有に持ち、それがどのような耐性の違いを生み出しているのかを調べる研究も増えています。より多くの植物のゲノム情報が蓄積されれば、ストレス耐性に関わる遺伝子配列を効率よく発見し、活用していく基盤が整っていくと考えられます。

このように、細胞レベルの動きと、遺伝子レベルの特徴の両面から理解が進むことで、作物を「環境に合わせてデザインする」というアプローチがより現実的になっていくでしょう。高い生産性とストレス耐性を兼ね備えた農作物の開発は、将来的に食料にまつわる地球上の様々な問題を解決するための大きな力になると期待されます。
