味や匂いを感じる仕組みは解明されつつありますが、「おいしい」と感じる脳の働きは未解明です。おいしさの脳科学を通じて、偏食や摂食障害の改善、健康的で満足度の高い食生活の実現が期待されています。

おいしさの正体を探る脳科学の最前線

おいしいと感じる脳の仕組みを解明し、幸福を増やす

味や匂いを感じる仕組みは解明されつつありますが、「おいしい」と感じる脳の働きは未解明です。おいしさの脳科学を通じて、偏食や摂食障害の改善、健康的で満足度の高い食生活の実現が期待されています。

おいしさの正体を探る脳科学の最前線

おいしいと感じる脳の仕組みを解明し、幸福を増やす

研究によって実現したい未来

おいしさを感じる仕組みは、まだわかっていない

味や匂いは、舌や鼻の受容体を通して脳に伝えられます。甘い・苦いといった単一の味や、特定の匂いが脳でどのように処理されているのかという仕組みの解明は、徐々に進んできています。しかし、食べ物をまるごと「おいしい」と感じるときの脳の働きについては、いまだほとんど明らかになっていません。私たちが「おいしい」と感じるとき、脳の中では何が起こっているのでしょうか。そもそもおいしさとは、どのような要素から成り立っているのでしょうか。こうしたメカニズムが科学的に明らかになれば、人の食生活をより豊かで幸せなものへと発展させることができるでしょう。

おいしさの仕組みが明らかになれば、偏食の改善にも役立ち、栄養バランスのとれた多様な食生活を実現できるようになります。さらに、摂食障害の治療にも新しい道が開けるかもしれません。摂食障害は心理的な要因から始まっても、次第に身体的な拒絶反応へと移行していくため、現状では有効な治療法が限られています。脳の働きを理解することで、その原因に直接アプローチする治療法の開発が期待されます。

食を楽しむ選択肢が増える未来へ

おいしさには、味覚や嗅覚だけでなく、視覚などのほかの五感や内臓感覚、さらに知識・記憶・感情といった脳の働きや環境も関係していることが、これまでの研究でわかってきています。こうした複合的な関係を詳しく解き明かすことができれば、その人に合わせた無理のない食欲のコントロールも可能になるかもしれません。たとえば、食が細くなりがちな高齢者には、VR(仮想現実)を活用して食欲を促す支援が考えられます。逆に、食べ過ぎを防ぐ必要がある人には、ストレスを与えずに満足感を得られるように見た目や食感を工夫したり、認知のゆがみを修正するなどの治療も考えられます。塩分や脂肪分などの摂取を制限しなければならない場合でも、ほかの感覚を活用して「おいしい」と感じさせることができれば、ウェルビーイングを損なわずに治療食を続けることができるかもしれません。

また、人を含む動物は、新しい食べ物を警戒する「新奇性恐怖」という現象を示します。これは野生環境で身を守るのに有効な性質ですが、人間社会においては偏食につながる原因ともなっています。このような現象がなぜ起こるのか、そのメカニズムの理解が進めば、食物の形状を変化させて見慣れたものにして偏食を防ぐ工夫や、昆虫食など現代では忌避されがちな食材の利用促進にもつながるかもしれません。

このようにおいしさを感じる脳の仕組みが解明されることで、未来には次のようなことが可能になるでしょう。

  1. 一人ひとりの脳の特性に合わせて、最適な食事体験を設計できる。
  2. ストレスを与えずに食欲を自然にコントロールできる。
  3. 治療食や制限食でも「おいしい」と感じられる食のデザインが可能になる。
  4. 偏食や摂食障害の原因となる脳のメカニズムを特定し、根本治療に近づく。
  5. 新しい食資源を受け入れやすくする「食認知デザイン」が可能になる。

私たちがどのようにしておいしさを感じ、記憶し、そして次の食体験に生かしているのか。 この問いの答えを探る「おいしさの脳科学」は、まさにこれから発展していくフロンティア研究です。

未来につながる現在の技術

マウスを用いた実験では、通常のエサのあとに「好物のチーズ」または「苦手なビターチョコレート」を与えることを繰り返すと、チーズをもらえることを学習したマウスは直前に与えられたエサの摂取量を減らし、逆にビターチョコレートをもらえることを学習したマウスはエサの摂取量を増やすことがわかりました。さらに、その際に脳のどの領域が活性化するかを調べることで、食べ物の好き嫌いに関する記憶が脳内でどのように処理されているのかも研究されています。

また人間を含む動物では、一度食べたものを連続して選ばなくなる「感性満腹感」という現象が知られています。実際には満腹ではないにもかかわらず、同じ食べ物を与えられると「もう欲しくない」と感じてしまう現象です。興味深いことに、これは実際に食べなくても、想像したり、映像で見たりするだけで同じ現象が起こることが報告されています。こうした結果は、食べ物に関する記憶や期待が、味覚体験そのものに影響していることを示しています。

おいしさの仕組みを知ることは、食をもっと楽しみ、誰もが心豊かに生きる未来をつくる一歩になるでしょう。